かけい臨床心理相談室

初回面接のはじめの一言について

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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どうやって「一緒に考える」枠組みをくくっていくのか?

カウンセリングが始まるときに、まずここに来られたことへのねぎらい(カウンセリングに来る決断をするまで、ここにたどり着くまでが、そもそも大変なことなので)を伝えてから「今回ここでお話したいことってどんなことですか?」とできるだけ聞くようにしています。

 

「今現在お困りのことや、解決したいことってなんですか?」とか、スクールカウンセリングなどで、すでに来談の目的が明らかな場合は「◯◯のことで相談に来られたと伺っていますが?」といったような尋ね方になったりしますが、大事なのは

 

「今回の私とあなたの一緒にいるこの場、この時間は、どんなことをする場、時間にしましょうか?」

 

という問いかけが、なんらかの形で伝わることだと思います。

 

「今現在お困りのことや、解決したいことってなんですか?」って聞き方には、いくつかの意味が内包されています。

 

①「あなたは困っている人」「私は解決する人」という関係性の規定

②「あなたは困っていて、それを解決したいと思っている」というこちらの前提の提示

③「私はあなたの困っていることを解決しようとする姿勢を持っていますよ」という意志の提示

 

こういった援助関係の枠組みを一言で提示することができるので、今現在困っていてどうにかしたいと思っている人にとっては、この入り方は自然で「実は・・・」と安心して話しだすことができるかもしれません。

 

ただ「あなたは問題を抱えているよ」「私助ける人、あなた助けられる人」という枠組みの安易な提示は

 

・自分自身は困っていないと感じているのに、何かの圧力でカウンセリングの場に来ることになってしまった人

 

・自分の中で今困っていることが何なのか?そもそもこのカウンセリングに来ることに意味があるのか?と考えながら来談した人

 

にとっては「ひどく窮屈で」「決めつけられたような」「押し付けられたような」「気取っていて」「馬鹿にされている」ような気がする一言かもしれません。

 

「◯◯のことで相談に来られたと伺っていますが?」

 

という聞き方には「本当に今のあなたはそれでOK?」「ほかに何か話したいことがあるんじゃないの?」「この情報ほんとうに正しいのかな?」っていうニュアンスが込められています。

 

相手が「そうなんです!」と勢い良く話し始めれば、そのまま話の流れに沿って聞いていけば良くて。

 

もしも、相手が曖昧な反応をした時には(少々野暮な聞き方になっても)先ほどのニュアンスの部分を言葉にして尋ねることが出来ます。

 

「事前に聞いた情報は、それはそうとして、今のあなたはどんなことを目的として今ここに居るんですか?」

 

という問いかけが出来ることができればいいと思います。

 

前提のズレを言葉にして扱う

カウンセリングと一言で言わってもいろんな現場があって、そこに来る人は様々な想いをもっているもなので、こちら側の持つ前提が、相手の持つ前提とズレがあった場合に、そのズレが違和感となって相手の中で膨らんでいってしまうこともあります。

 

「なんだかよくわからないけど、中断してしまった」というケースでは

「原因」や「理由」がなくても「なんか行きづらい」「その気が起きない」ということが起こります。

そんな時は案外、最初の一歩目での違和感が言葉にできずに膨らんでいってしまっていることもあります。

 

なので「なにか変な感じ」とか「ずれている気がする」と感じた時には、素直に「何かこちらがズレちゃってますかね?」「話しづらさや違和感感じたりしていませんか?」と尋ねてみるのも必要なことです。

話が停滞したり、迷子になってきた感じがした時に「今、◯◯のことについて話していますが、この話をしていても良かったんでしたっけ?」と尋ねてみるのも仕切りなおしてみるには大切なことなのかもしれません。

 

*精神分析的な枠組みで考えるなら、面接への遅刻やキャンセルを含めて、転移や逆転移として扱うところだな〜と思いますが、そもそも転移逆転移を扱う以前の、枠組みづくりで失敗しているのに、それを転移逆転移で扱おうとすると、相手の方は「はぁ?」と、まるで濡れ衣を着せられたような、なんとも言いがたい不快な体験をするのは間違いないので注意が必要です。

*この違和感を言葉にして話し合いのテーブルに乗せて検討しあうのを大事にすること自体が、僕にとっては精神分析的な色合いの強い態度なのかもしれないと感じます。

 

「そんなふうに素直に尋ねたり自分の思いを伝えるのは不安」という方もいらっしゃると思いますが。

それはやはり「カウンセラーは相談者の悩みを解決する人」という枠組み、ポジションから自由になれていないということかもしれません。

 

もちろん専門家として相手の期待に応えるということ、相手の利益になる対応や助言をすること、契約としての枠組みはとても大事なことですが、臨床の中では、その立ち位置からは自由になって動きまわること、そして相談者の持っている「援助される人」という枠組みを取り払うこと、立ち位置を変えることが、相手の利益になったり、その困っていることを取り囲むシステム全体への有効な介入になることがあります。

 

無知の姿勢

ナラティブやコラボレーティブといったアプローチで強調されている「無知の姿勢」というものがあります。

 

カウンセラーは相談に係るものの専門家ですが、相談に来たその人以上にその人のことを知っているわけでは当然ないわけであって、その人の考えていること、感じ方、大事なストーリーについて、いつも関心を持って聴かせてもらうように、教えを請う側であってもいいんです。

 

専門家の衣を着ていると「あなたのことを何でも知っていますよ」というように振る舞わなければいけないようなプレッシャーを感じるのかもしれませんが、そういう態度は相談者にとっては「一方的な依存の対象」になるか「上から目線の感じの悪い人間」になるかのどちらではないでしょうか?

 

専門家としての「枠組みを守りつつ」、相手のとの関係としては「専門家としての衣を脱ぎ去り、ともにその問題やストーリーに向き合う」というポジションでいられることを目指していければと思います。

 

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