強迫観念との共存
強迫症(OCD)の支援というと、多くの人が「その不安は間違っていると理解すること」や「不安をなくすこと」をイメージするかもしれません。
しかし実際の臨床では、不安や強迫観念を完全に消そうとするほど、かえってその考えに囚われてしまうことがあります。
そんな中で、BTCセンター代表の岡嶋美代先生が長年取り組んできたアプローチが、欧州の認知行動療法学会で発表されるそうです。
その中心にある考え方は、とてもシンプルです。
強迫観念を完全に消そうとするのではなく、その価値を下げながら共存する。
この発想は、従来の「症状をなくす」という治療観とは少し異なる視点を私たちに与えてくれます。
強迫症の人は「考え」と戦い続けている
強迫症の人は、
- もしかしたら感染したかもしれない
- 鍵を閉め忘れたかもしれない
- 誰かを傷つけてしまうかもしれない
- 確認が足りなかったかもしれない
という考えに繰り返し襲われます。
そして、その不安を打ち消そうとして、
- 確認する
- 調べる
- 考え続ける
- 安心を求める
という行動を繰り返します。
一見すると、確認すれば安心できそうです。
しかし実際には、その安心は長続きしません。
むしろ脳は、
「そこまで確認するということは、本当に危険なのかもしれない」
と学習してしまいます。
結果として、強迫観念はさらに大きくなっていきます。
「大丈夫です」と言わない
岡嶋先生たちが提案している「Verbal Value Discounting(言語的価値割引法)」では、強迫観念に対して真正面から反論しません。
例えば、
「感染したかもしれない」
という考えが浮かんだ時に、
「いや、大丈夫です」
とは言わないのです。
なぜなら、それもまた強迫観念との戦いになってしまうからです。
代わりに、
「そうかもね」
「はいはい」
「へえー」
「それで?」
と返します。
これは強迫観念を肯定しているわけではありません。
無視しているわけでもありません。
強迫観念に対して、
「そんなに重要な話として扱わない」
という態度を育てているのです。
消すのではなく「価値を下げる」
ここが非常に面白いところです。
多くの人は、
強迫観念があるから苦しい
と思っています。
しかし実際には、
強迫観念を重要なものとして扱い続けるから苦しい
という側面があります。
例えばSNSで嫌なコメントを見た時も、
「絶対に忘れよう」
と思うほど頭に残ります。
逆に、
「また言ってるな」
くらいに流せる時は、それほど影響を受けません。
つまり問題は、
考えが存在することそのものではなく、
その考えにどれだけ価値を与えているかということです。
岡嶋先生たちの方法は、
まさにこの価値を下げていくためのアプローチだと言えるでしょう。
ACTやブリーフセラピーとも重なる視点
この考え方は、近年のACT(Acceptance and Commitment Therapy)とも非常に近い部分があります。
ACTでは、
「考えを消す」のではなく、
「考えとの距離を変える」
ことを重視します。
また、ブリーフセラピーの視点から見ても、
問題を解決しようとする努力そのものが問題を維持している、
という悪循環の理解と重なる部分があります。
つまり、
- 戦わない
- 打ち消さない
- 説得しない
- 逃げない
その代わりに、
「ああ、またその考えが来たね」
と少し距離を取りながら付き合っていく。
その結果として、考えの影響力が弱まっていく。
これは非常に臨床的な感覚に近いように思います。
強迫観念は「敵」なのか
私たちはつい、
強迫観念を敵として考えがちです。
しかし敵として戦えば戦うほど、その存在は大きくなります。
不安をゼロにしようとするほど、不安は増えます。
考えないようにするほど、考えてしまいます。
だからこそ、
強迫観念をなくす
ではなく、
強迫観念の価値を下げる
という発想は重要なのだと思います。
それは諦めではありません。
共存しながら自由度を取り戻していくための方法です。
おわりに
BTCセンター代表の岡嶋美代先生が提案している「言語的価値低減法(Verbal Value Discounting)」は、
強迫観念と戦い続けるのではなく、
その価値を少しずつ下げながら距離を取っていく試みです。
強迫症に限らず、
私たちは日常の中で様々な不安や嫌な考えに囚われます。
そのたびに、
「消さなきゃ」
と頑張るのではなく、
「そうかもね」
と少し肩の力を抜いてみる。
そんな態度が、結果として私たちを自由にしてくれることもあるのかもしれません。
欧州の認知行動療法学会で、この日本発の実践がどのように紹介されるのか、とても楽しみです。
■ 関連リンク

Kindle版で著者割りが効くそうです。
言語的価値低減法とリトルeRP: What is the VVD and eRP?
BTCセンターのyoutubeチャンネルです。