【旅とカウンセリング】モンゴルにて暗示ってなんなのか実感したよ
積極的に物事に取り掛かれるようになったきっかけ
何年か前の話。
いまでもそうだが、僕は物事をテキパキと進めていくことが苦手で、子供の頃の宿題はいつだって後回し、面倒くさいことはいつも最後までとっておいて締め切り間際に苦しい思いをする、というパターン。
いつもいつも後手に回っていて、もう一生このままなんだろうなと思っていたのだけど。
あることがきっかけで、物事に、ほんの少しだけマシに、積極的に取り掛かれるようになった。
それのきっかけは・・・
「あなたは今日やれることを明日にのばさないで、今日のうちにやった方がいいわね」
モンゴルでシャーマンに
「あなたは今日やれることを明日にのばさないで、今日のうちにやった方がいいわね」
と言われたことだった。
「そりゃー自分にそれが必要なのは分かるけど、けっこう普通なこと言うシャーマンだな、実際には難しいよ」
なんて思いつつ。
帰って妹にその話をすると。
「てことは、今以上に何でも出来るようになっちゃうんだね」
とポロリと言われたこと。
この妹の言葉にかなり突き動かされたなと思う。
言葉の前提について考えてみる
ここの言葉にはいろんな前提が含まれている。
「今だって色々出来ている」
「その日のうちにやるべきことが出来るようになる」
「そのことによって活動の幅が広がる」という前提。
それが暗示的にすっと心に入ってきて突き動かされている。
「出来るかな?」
なんて軽く流しつつも、なぜか自信とやる気がふつふつと湧いてきて、実際にやれてしまう。
そしてやれたことにまた自信を感じて、結局行動様式自体が変わってしまった。
暗示というのは話しよう、そして受け取りよう。
たとえばそこで「まー、今さら無理だよね~」とか「言うは簡単だけど、実際には難しいよね」と人に言われていたらどうだろう?
多分今の自分の変化は無いだろう。
だいたい自分でもそう思っていたわけだし。
例えば部活をしていて毎回「優勝おめでとう」と乾杯していたとしたら?
この「優勝おめでとう」という言葉の中には
「優勝を前提として、じゃあ何をどうしていく?」
という問いかけや、
「優勝するのは不思議なことじゃない」
というメッセージが含まれている。
「あなたは優勝出来るようになるよ」
という意識レベルの言葉よりも、前提を使った無意識レベルでの言葉の方が、人間を動かすチカラがある。
暗示=無意識に語り掛ける行為
例えば母親が子どもに「片付けをしなさい」と言いつつも、結局母親が片付けてしまう場合。
意識レベルの言葉では《片付けなさい》というメッセージが出ているけど。
言葉にならないところで《いろいろ言うけど最後は結局私が片付けてあげますよ》というメッセージが、言葉以前の無意識レベルでは発せられていることになる。
子どもは意識的には片付けをしなきゃなと思いつつも、無意識の方には《片付けなくて良い》というメッセージを受け取ってしまっている。
つまり、「片付けなさい」という意識上のメッセージよりも無意識の部分でやり取りされている「片付けなくても良い」というメッセージの方が、実際の行動には強い影響力、拘束力を持っていることが多い。
きっとこういうのを本当の暗示というのではないだろうか。
暗いところに示す。
暗いところというのは意識の外側。
つまり、無意識に話しかけるということ。
カウンセリングで扱われる暗示
僕がカウンセリングで人と会う時は、その人の幸せや問題解決、変化を願って、様々な「前提」を取り入れた言葉の使い方をしていて。
実際にその前提を含めた暗示は、強力にその人の行動を規定して、変化や、新しい行動に導いて行く。
「あなたの問題は解決しますよ」と、困っている人に言うのが暗示だと思っている人が多いかもしれない。
それも一応暗示なのかもしれないが、ちょっとそういう言い方は無責任なんじゃないかと思うし、人によっては怒ったりすることもあるだろう。
そうやって言うよりも、例えば「この問題が解決した後、何かしたいこととかあります?」なんてとぼけた感じで言う方言葉の方が、実際にはその人を動かすチカラがある。
もちろん、その相手の心理的、生活的文化にあった言葉を選んで使わなければ受け入れられないけど、それこそこちらの腕次第なのだろう。
逆にそのつもりは無くても、相手がどんどん自信がなくなって、行動出来なくなっていく暗示を使っている人もいる。
例えば「お前、それ本気で言ってるの?」とか、「お前今のままじゃ駄目だろ」なんていうのは、親切心で言っていても、「お前は駄目なんだ」というかなり強力な、ネガティブな力を持った暗示になる。
そうして「こんなに一生懸命色々アドバイスしてやっているのに、全然変わりゃしない、やっぱあいつ駄目だ」なんて思うことがあるかもしれない。
アドバイスのつもりでも、相手が変化出来ないようになる暗示を掛け続けているのだから、変われる訳が無い。
呪いを掛けているようなものだ。
「呪い」から「祝福」へ
厳しい言葉をかけられて一発奮起、というストーリーを人は都合よく想像するが、よっぽどいろんなタイミングが一致していなければそういうことは絶対起こらない。
もしそういう言葉掛けで何か覚悟が出来て人が変われたのなら、多くの場合はその言葉ではなく、その言われた人の地力によってであろう。
また、「あなたのことが心配なのよ」といって母親が子どもをカウンセリングに連れて来たとする。その時点で「お前はどっかおかしいんだよ」という暗黙の前提が子どもに伝わっていて、まずはその呪縛を解くところから始めなければならない場合が多い。
話は戻って「シャーマンが言うから効く暗示」ってのもあると思う。
シャーマンって呪術や儀式を行って、祝福したり呪いを掛けたりするんだけど。
やはり、シャーマンじゃなくても、誰かの秘められてる力や、強い意志、未来について話すこと自体が祝福なんだろうなぁ、と思う。
でもその逆を、身近で大切な人にやっていることが何て多いのだろう。
大事に思っているから、だからこそやってしまっていることが、とても悲しい。
自分自身も仕事以外ではけっこう身近な人に呪いを掛けていたなとも思う。
特に家族とか、申し訳なくも思う。
でも身近には祝福系の言葉をかけてくれる人が多いのでラッキーだとも思う。
シャーマンの言葉も祝福だったのだと思うけど、僕には感じるセンスが足りなかった。
だけど妹がそれを後押ししてくれて、やっとその言葉が力になったのだろう。
「呪い」ではなく「祝福」になる言葉を使っていきたい。
てことはやっぱり呪い系の人には、大事なことを話さない方がいいということだよね。。。それも寂しい話だけど。
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