強迫観念を消そうとしない支援とは|岡嶋美代先生の「言語的価値低減法」から考えるOCD臨床
目次
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- 強迫観念は、完全に消そうとするほど、かえって重要なものとして扱われてしまうことがあります。
- 岡嶋美代先生が提案する「言語的価値低減法」は、強迫観念と戦うのではなく、その価値を下げていくアプローチです。
- 「大丈夫」と安心させるのではなく、「そうかもね」「はいはい」と軽く応じることで、強迫観念との距離を作っていきます。
- OCD支援では、症状をなくすことだけでなく、本人が強迫観念とどう関係を取り直すかを見守るバランスが大切です。
強迫観念を敵として消そうとするのではなく、その価値を少しずつ低減しながら、本人が生活との関係を取り戻していくことが臨床的には重要なのだと思います。
■ 強迫観念を「消す」ことだけが治療ではない
強迫症、いわゆるOCDの支援に関わっていると、「この考えをなくしたい」「不安を消したい」「確認しなくても平気になりたい」という切実な訴えに出会うことがあります。
その気持ちはとても自然です。本人にとって強迫観念は苦しいものですし、生活を狭めてしまうこともあります。家族や支援者も、何とか楽にしてあげたいと思います。
しかし臨床的には、強迫観念を完全に消そうとすればするほど、かえってその考えが大きくなってしまうことがあります。
「考えないようにしよう」と思うほど、そのことを考えてしまう。
「絶対に不安になってはいけない」と思うほど、不安に敏感になってしまう。
「大丈夫だと確信したい」と思うほど、確認が止まらなくなってしまう。
このような悪循環は、強迫症の臨床ではとても重要なポイントです。
■ 岡嶋美代先生と「言語的価値低減法」
BTCセンター代表の岡嶋美代先生は、強迫症の治療において「言語的価値低減法(Verbal Value Discounting:VVD)」という方法を提案されています。
これは、強迫観念を否定したり、説得したり、真面目に安心させたりするのではなく、言葉による応答を通して、強迫観念の価値を下げていく方法です。
たとえば、頭の中に
「感染したかもしれない」
「鍵を閉め忘れたかもしれない」
「誰かに迷惑をかけたかもしれない」
という考えが浮かんできたとします。
そのときに、真剣に「大丈夫」「そんなことはない」と打ち消すのではなく、
- はいは〜い
- あっ、そう
・へえ、そだね~
というように、少し軽く、あまり重く受け取らない返し方をしていきます。
ここで大切なのは、強迫観念を馬鹿にすることではありません。本人を責めることでもありません。
強迫観念に対して、「これは人生を支配するほど重要な命令ではない」という態度を少しずつ育てていくことです。
■ 「大丈夫」と言い続けることが、かえって強迫を強めることがある
強迫症の支援では、家族や支援者がつい「大丈夫だよ」「心配しなくていいよ」と言いたくなる場面があります。
もちろん、それは相手を安心させたいという自然な気持ちから出てくるものです。
しかし、強迫症の文脈では、その安心の提供が、結果的に強迫のサイクルに組み込まれてしまうことがあります。
本人が不安になる。
家族や支援者に確認する。
「大丈夫」と言ってもらう。
一時的に安心する。
でもまた不安になる。
そしてまた確認する。
この繰り返しの中で、本人は「不安になったら確認しなければならない」「大丈夫と言ってもらわなければ安心できない」という関係に巻き込まれていきます。
つまり、支援者が良かれと思って行う安心づけが、強迫観念の価値を高めてしまうことがあるのです。
だからこそ、岡嶋先生の「言語的価値低減法」は興味深いのです。
強迫観念と戦わない。
でも、従わない。
真面目に相手をしすぎない。
そのような態度を、言葉の返し方を通して身につけていく方法だと言えます。
■ 強迫観念は「内容」よりも「関係」が問題になる
強迫観念の内容は、人によってさまざまです。
感染、加害、確認、失敗、縁起、道徳性、対人関係、仕事上のミスなど、いろいろな形をとります。
しかし臨床的に見ていくと、重要なのは「その考えが正しいか間違っているか」だけではありません。
むしろ、その考えと本人がどのような関係になっているかが大切です。
頭に浮かんだ考えを、絶対に解決しなければならない問題として扱っているのか。
それとも、「また出てきたな」と少し距離を取れるのか。
この違いは、生活の自由度に大きく関わります。
強迫観念そのものをゼロにすることよりも、強迫観念が出てきても、本人の行動や生活が過剰に支配されないこと。
ここに支援の重要な方向性があるように思います。
■ 「価値を下げる」とはどういうことか
「価値を下げる」と聞くと、少し抽象的に感じるかもしれません。
これは、強迫観念を雑に扱うという意味ではありません。
また、本人の苦しみを軽く見るという意味でもありません。
むしろ、本人の苦しみを理解したうえで、強迫観念そのものを過剰に重要視しない練習をしていくということです。
たとえば、頭の中で「失敗したかもしれない」という考えが浮かんだとき、すぐに確認を始めるのではなく、
「そうかもね」
「またその話ね」
「はいはい」
と返してみる。
この返し方は、強迫観念に正面から反論していません。
でも、強迫観念の命令に従ってもいません。
ここにポイントがあります。
強迫観念を消すのではなく、強迫観念に振り回される度合いを下げる。
その意味で、「言語的価値低減法」は、強迫観念との関係を変えていく方法なのだと思います。
■ 従来の曝露反応妨害法との違い
強迫症の認知行動療法では、曝露反応妨害法、いわゆるERPがよく知られています。
ERPは、不安を引き起こす状況にあえて触れながら、確認や洗浄などの強迫行為を行わない練習をしていく方法です。
有効性が示されている重要な方法ですが、一方で、本人にとって負担が大きく感じられることもあります。
特に治療初期には、「いきなりそれは難しい」「怖すぎる」「続けられる自信がない」と感じる人も少なくありません。
岡嶋先生の提案する「言語的価値低減法」は、そうした本格的な曝露課題に入る前の段階でも導入しやすい方法として考えることができます。
強迫観念に対する反応の仕方を少し変える。
強迫観念と戦う姿勢から、少し距離を取る姿勢へ移行する。
そうすることで、本人が治療に取り組みやすくなる可能性があります。
もちろん、すべての人に同じように合う方法とは限りません。
症状の重さ、併存する問題、本人の理解度、家族関係、生活状況によって、慎重な見立てが必要です。
ただ、強迫観念を消すことばかりに焦点が当たりすぎると、かえって本人も支援者も苦しくなることがあります。
その意味で、「価値を下げながら共存する」という視点は、臨床上とても大切な補助線になるのではないでしょうか。
■ ACTやブリーフセラピーとの接点
この考え方は、ACT、つまりアクセプタンス&コミットメント・セラピーの考え方とも重なる部分があります。
ACTでは、嫌な考えを消すことよりも、その考えに巻き込まれすぎないことを重視します。
考えは考えとして存在していても、その考えに従って生きる必要はない。
このような距離の取り方は、強迫観念への対応にも通じるところがあります。
また、ブリーフセラピーの視点から見ても、「解決しようとする努力が、かえって問題を維持している」という悪循環は非常に重要です。
強迫観念を消そうとする。
安心を得ようとする。
確認する。
一時的に楽になる。
でも、また不安になる。
この循環を少しずつ変えていくためには、問題そのものと戦うだけでなく、問題との関係を変える視点が必要になります。
■ スクールカウンセラーやクリニック心理士にとっての意味
この視点は、強迫症の専門治療に限らず、スクールカウンセラーやクリニック勤務の心理士にとっても参考になる部分があります。
学校現場では、子どもが「失敗したらどうしよう」「汚い気がする」「変なことを考えてしまう」と不安を訴えることがあります。
保護者は「安心させてあげたい」と思い、先生も「大丈夫だよ」と声をかけたくなります。
もちろん、安心できる関係を作ることは大切です。
しかし、何度も何度も同じ確認に応じ続けることで、結果的に本人の不安が強まる場合もあります。
ここで大切なのは、冷たく突き放すことではありません。
安心づけに巻き込まれすぎず、でも本人を見捨てず、関係の中で少しずつ距離の取り方を支えていくことです。
「それは心配になるよね」と気持ちは受け止める。
でも、「絶対大丈夫」と何度も保証し続ける関係には入らない。
そのバランスが、現場ではとても難しく、そして重要です。
■ 家族支援では「見守り」と「巻き込まれ」の区別が大切
強迫症の支援では、家族が強迫症状に巻き込まれてしまうことがあります。
本人が何度も確認を求め、家族がそのたびに答える。
本人が不安にならないように、家族が先回りして環境を整える。
本人が怒ったり苦しんだりするのを避けるために、家族が強迫ルールに合わせて生活する。
これは、家族が悪いという話ではありません。
むしろ、何とか助けたいという気持ちがあるからこそ起こります。
ただ、その関わりが長く続くと、家族全体が強迫症状を中心に回ってしまうことがあります。
ここで必要なのは、「もう確認には答えません」と急に突き放すことではありません。
本人の苦しみを理解しながら、少しずつ強迫観念の価値を下げる関わりに変えていくことです。
見守ることと、強迫に巻き込まれることは違います。
支えることと、確認行為を維持することも違います。
この違いを、本人と家族と支援者が一緒に整理していくことが大切です。
■ 臨床で意識したいチェックリスト
- 強迫観念を消そうとする努力が、かえって強迫観念の価値を高めていないか
- 「大丈夫」と安心させる関わりが、確認のサイクルに組み込まれていないか
- 本人の苦しみを受け止めつつ、強迫観念に従いすぎない関係を作れているか
- 家族や支援者が、見守りと巻き込まれを区別できているか
- 症状をなくすことだけでなく、本人の生活の自由度を広げる視点を持てているか
■ まとめ
BTCセンター代表の岡嶋美代先生が提案する「言語的価値低減法」は、強迫観念を完全に消そうとするのではなく、その価値を下げながら共存していくためのアプローチです。
これは、強迫観念を肯定することではありません。
また、本人の苦しみを軽く見ることでもありません。
強迫観念に対して、真面目に反論しすぎない。
安心づけに巻き込まれすぎない。
でも、本人を突き放さない。
そのような関係の中で、強迫観念が持っている「絶対に従わなければならない感じ」を少しずつ弱めていく。
強迫症の支援では、症状をなくすことだけに焦点を当てると、本人も家族も支援者も苦しくなることがあります。
だからこそ、強迫観念とどう付き合うか、どのように距離を取るか、どのように生活との関係を取り戻すかという視点が大切になります。
「消す」だけではなく、「価値を下げる」。
この発想は、臨床心理士、公認心理師、スクールカウンセラー、クリニック勤務の心理士にとって、強迫症支援を考えるうえで非常に示唆的なものだと思います。
■ よくある質問(FAQ)
Q. 子どもが「大丈夫?」と何度も確認してくる時はどうしたらいい?
A. 何度も「大丈夫」と答え続けると、一時的には安心しても、確認しないと不安が下がらない関係が強まることがあります。まずは「心配になるんだね」と気持ちは受け止めつつ、毎回保証し続ける形になっていないかを見直すことが大切です。急に答えないのではなく、少しずつ確認への巻き込まれを減らしていく視点が必要です。
Q. 強迫観念は完全になくすべき?
A. 強迫観念を完全になくそうとすると、かえってその考えに注意が向き続けることがあります。臨床的には、考えが浮かぶこと自体よりも、その考えにどれだけ振り回されるかが重要です。強迫観念があっても、生活や行動の自由度が少しずつ戻っていくことを目指します。
Q. 「そうかもね」「はいはい」と返すのは、本人を馬鹿にしていることにならない?
A. 大切なのは、本人を軽く扱うことではなく、強迫観念を過剰に重要視しないことです。本人の苦しみには丁寧に関わりながら、強迫観念そのものには巻き込まれすぎない。この区別が大切です。使い方によっては冷たく聞こえることもあるため、支援者や家族の態度、関係性、タイミングを慎重に考える必要があります。
Q. 家族はどこまで見守ればいい?
A. 見守りは、本人を放置することではありません。一方で、本人の強迫ルールに家族全体が合わせ続けることも、長期的には負担になります。本人の不安を理解しながらも、確認や保証の繰り返しに巻き込まれすぎない関係を作ることが大切です。家族だけで抱え込まず、専門家と一緒に調整していくことが望ましい場合もあります。
Q. 強迫症は依存のように家族を巻き込むことがある?
A. 強迫症そのものを依存と同じものとして扱う必要はありません。ただし、確認や安心づけを家族に繰り返し求める中で、家族が不安調整の役割を担い続けてしまうことがあります。その意味では、本人と家族の関係の中で症状が維持される側面があります。本人を責めるのではなく、関係全体を少しずつ変えていく視点が大切です。
■ 関連リンク

Kindle版で著者割りが効くそうです。
言語的価値低減法とリトルeRP: What is the VVD and eRP?
BTCセンターのyoutubeチャンネルです。
https://youtube.com/@behaviortherapycounseling?si=ruMIXEb5tv7OJ4p1
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