不登校支援で大切にしたい「主体性が動き出す余白」|かけい臨床心理相談室の対話的アプローチ
目次
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- 不登校支援では、本人を動かそうとする前に、本人の主体性が動き出せる余白を守ることが大切です。
- 主体性は、本人の中に最初からはっきり存在するものではなく、安全な対話の中で少しずつ立ち上がることがあります。
- 良かれと思った助言や先回りが、本人の主体性を弱めてしまうこともあるため、関わり方の構造を丁寧に見る必要があります。
- 支援者や保護者が、関係の中で本人の感覚を見守りながら、急ぎすぎず対話を積み重ねることが支援の土台になります。
不登校支援で大切なのは、本人を説得して動かすことではなく、本人の主体性が安全な関係の中で少しずつ動き出せる余白を、対話の中で一緒に作っていくことです。
はじめに:不登校支援は「どう動かすか」だけでは考えにくい
不登校の相談を受けていると、保護者も支援者も、どうしても「どうしたら学校に行けるか」「どう声をかけたら動くか」「生活リズムをどう整えるか」というところに意識が向きやすくなります。
もちろん、それらは大切なテーマです。
生活リズム、学校との連携、学習、進路、家庭での過ごし方。どれも現実的に考えなければならないことです。
ただ、臨床現場で不登校の子どもたちや保護者と関わっていると、それ以前に大切にしたいことがあります。
それは、本人の中で「主体性」が動き出す余白が残されているかどうか、ということです。
ここでいう主体性とは、「自分で何でも決められる力」や「前向きに行動できる力」という意味だけではありません。
むしろ、もっと小さくて、もっと繊細なものです。
「自分はこう感じている」と感じられること。
「本当は嫌だ」と思えること。
「まだ決めたくない」と言えること。
「少しならやってみてもいいかもしれない」と思えること。
そうした、自分の感覚や意思が、自分の中でちゃんと存在できることです。
不登校支援では、この小さな主体性がとても大切になります。
主体性は「尊重する」だけではなく、関係の中で立ち上がる
よく「本人の主体性を尊重しましょう」と言われます。
これはとても大切なことです。
ただし、実際の臨床では、「主体性を尊重する」という言葉だけでは足りないことがあります。
なぜなら、不登校の状態にある子どもが、最初から自分の意思をはっきり言えるとは限らないからです。
「どうしたいの?」と聞かれても、わからない。
「学校に行きたいの?行きたくないの?」と聞かれても、どちらとも言えない。
「自分で決めていいよ」と言われても、決めること自体が苦しい。
そういうことは少なくありません。
この時、主体性を「本人の中に最初から完成されたもの」として扱うと、かえって本人を追い詰めてしまうことがあります。
主体性は、ただ「尊重される」だけではなく、安全な関係の中で、少しずつ立ち上がってくるものでもあります。
否定されない。
急かされない。
勝手に決められない。
自分抜きで話が進まない。
自分の感覚を出しても、すぐに評価されたり、指導されたりしない。
そうした対話の構造がある時に、少しずつ「自分はこう感じているかもしれない」という感覚が戻ってくることがあります。
かけい臨床心理相談室では、不登校支援において、このような「主体性が動き出す余白」を大切にしています。
「正しい支援」が、本人を置き去りにすることがある
不登校支援では、支援者も保護者も「良かれと思って」動きます。
情報を集める。
学校に相談する。
専門機関につなげる。
検査を受ける。
生活リズムを整えようとする。
将来のことを考える。
どれも、本人のことを思っての行動です。
しかし、ここで注意したいことがあります。
本人の知らないところで話が進むこと。
本人が望んでいないことが進むこと。
本人の合意がないまま、大人同士で方針が決まっていくこと。
こうしたことが繰り返されると、本人は「自分のことなのに、自分がいないところで決まっていく」と感じることがあります。
これは、表面的には支援に見えます。
けれど、本人の内側では、主体性が少しずつ弱っていくことがあります。
「どうせ自分の気持ちは聞かれない」
「大人が勝手に決める」
「自分が何を言っても変わらない」
このような感覚が積み重なると、本人はますます動きにくくなります。
不登校支援では、「何をするか」だけでなく、「それがどのような関係の中で行われているか」を見る必要があります。
対話の中で、主体性が死んでいくこともある
少し強い表現になりますが、対話の中で人の主体性が弱っていくことがあります。
しかも、それは攻撃的な言葉や冷たい関わりだけで起こるわけではありません。
むしろ、優しさに包まれた言葉や、支援の形をした関わりの中で起こることがあります。
たとえば、本人の気持ちを先回りして決めてしまう。
「本当は学校に行きたいんだよね」と言う。
「このままだと困るよ」と将来の不安を強く示す。
「あなたのためだから」と本人の合意を飛ばして進める。
「無理しなくていいよ」と言いながら、本当は一定の方向に誘導する。
こうした関わりは、どれも悪意から出ているとは限りません。
むしろ、心配や愛情や責任感から出ていることが多いと思います。
しかし、本人からすると「自分の感覚を持つ余地がない」と感じることがあります。
対人援助の難しさはここにあります。
支援者や保護者が良かれと思っている関わりが、本人の主体性を支えることもあれば、逆に本人の主体性をなかったことにしてしまうこともあるのです。
不登校支援における「主体性が動き出す余白」
では、主体性が動き出す余白とは何でしょうか。
それは、本人が自分の感覚を持っていてもよいと思える空間です。
まだ言葉にならなくてもよい。
矛盾していてもよい。
昨日と言っていることが違ってもよい。
すぐに前向きになれなくてもよい。
大人が期待する答えを出さなくてもよい。
そういう余白の中で、本人は少しずつ自分の感覚を取り戻していきます。
この余白は、放置とは違います。
何もしないことでもありません。
むしろ、かなり丁寧な関わりです。
本人の反応をよく見る。
言葉にならない違和感を大切にする。
合意を確認する。
大人だけで先に進めすぎない。
本人が置いていかれていないかを確認する。
そうした小さな積み重ねによって、主体性が動き出す余白は作られていきます。
「見守り」は放置ではなく、主体性を守る関わり
不登校支援では、「見守りましょう」という言葉がよく使われます。
しかし、この「見守り」という言葉は、時に誤解されやすい言葉でもあります。
何もしないこと。
本人任せにすること。
親が関わらないこと。
ただ待つこと。
そのように受け取られることがあります。
けれど、臨床的に大切な見守りは、放置とは違います。
本人の主体性が動き出す余白を壊さないように、関係を整えながらそばにいることです。
必要な時には声をかける。
でも、本人を急かしすぎない。
困っていそうなら一緒に考える。
でも、本人の代わりに決めすぎない。
学校との連携はする。
でも、本人抜きで進めすぎない。
このようなバランスが必要になります。
見守りとは、本人の主体性を信じて放置することではなく、主体性が消えてしまわないように関係の中で支えることです。
保護者支援は「親に教えること」だけではない
不登校支援では、保護者への関わりがとても重要です。
ただ、保護者支援というと、「親にどう対応するかを教えること」と考えられやすいかもしれません。
もちろん、情報提供や心理教育が必要な場面はあります。
しかし、保護者に対して一方的に「こうしてください」と伝えても、なかなか入らないことがあります。
特に、保護者が不安や焦りの中にいる時、正論はかえって責められているように響くことがあります。
そこで大切になるのが、保護者の中に既にある感覚を一緒に見ていくことです。
「このまま進めていいのかな」
「本人はどう感じるかな」
「勝手に決めるのは違う気がする」
そうした小さな迷いやためらいの中に、本人の主体性を大切にする感覚が隠れていることがあります。
支援者がその感覚に気づき、言葉にして返すことで、保護者自身も「ああ、この感覚を大事にしていいんだ」と思えるようになります。
保護者の中にある大切な感覚を、対話の中で一緒に構成していく関わりです。
心理教育は、言葉で教えるだけではなく、関係の中で起こる
心理教育というと、知識を説明することをイメージするかもしれません。
不登校の仕組みを説明する。
子どもの心理状態を説明する。
親の関わり方を説明する。
もちろん、それも大切です。
しかし、心理教育は、言葉で説明するだけで起こるものではありません。
支援者が、本人や保護者にどのように関わるか。
その関わりそのものが、心理教育になります。
たとえば、支援者が本人の合意を大切にする。
本人のいないところで物事を進めすぎない。
保護者の不安を責めずに受け止める。
本人の主体性を大切にする空気を、面接の中で実際に作る。
そうすると、保護者は言葉以上のものを受け取ります。
「こういうふうに関わると、人は安心するのかもしれない」
「本人の感覚を待つことにも意味があるのかもしれない」
「勝手に進めないことが、関係を守ることになるのかもしれない」
このように、保護者の関わり方そのものが少しずつ変化していくことがあります。
そして、その変化は家庭の日常、親子の相互作用に影響します。
システムが変わって行く第一歩はこんなふうに始まることも珍しくありません。
解決志向・エリクソン・対話的実践から学んでいること
このような関わり方は、いくつかの臨床的な考え方とつながっています。
たとえば、解決志向アプローチでは、問題を直接壊そうとするよりも、その人の中に既にある力や例外、小さな変化に注目します。
「できていないこと」だけを見るのではなく、「少しでもできていること」「既に起こっている良い動き」を大切にします。
不登校支援においても、本人や保護者の中に既にある小さな感覚を見つけることが大切です。
また、ミルトン・エリクソンの臨床からは、相手の抵抗や迷いを無理に壊すのではなく、それ自体を利用するような関わりを学ぶことができます。
ためらい、沈黙、迷い、遠回り。
それらを邪魔なものとして扱うのではなく、変化の入り口として見ることがあります。
さらに、対話的アプローチやナラティヴの考え方からは、意味や変化は一方的に与えられるものではなく、関係や対話の中で作られていくものだという視点を学ぶことができます。
支援者が正解を持って相手を導くのではなく、相手と一緒に言葉を探し、関係の中で新しい意味を作っていく。
かけい臨床心理相談室の不登校支援は、こうした考え方を背景にしながら、学校臨床や保護者支援の現場で実践的に組み立てているものです。
「抵抗」は、主体性の残り火かもしれない
不登校支援では、本人の反応が「抵抗」のように見えることがあります。
話さない。
会いたがらない。
動かない。
学校の話を嫌がる。
提案に乗らない。
保護者や支援者からすると、困ってしまう反応です。
ただ、その反応をただの問題として扱う前に、少し立ち止まって考えたいことがあります。
それは、そこに本人の主体性の残り火があるかもしれない、ということです。
嫌だと言える。
拒否できる。
黙ることで距離を取る。
動かないことで自分を守る。
それらは、表面的には困った反応に見えます。
しかし、本人が自分を守ろうとしている動きでもあるかもしれません。
もちろん、すべてをそのままにしてよいという意味ではありません。
ただ、抵抗をすぐに壊そうとするのではなく、「この反応は何を守っているのだろう」と見ることは大切です。
その見方があると、本人の反応に対して少し違った関わり方ができるようになります。
初任スクールカウンセラーが意識したいこと
スクールカウンセラーとして学校に入ると、本人、保護者、教員、管理職、関係機関など、多くの人の間に立つことになります。
その中で、本人の主体性を守ることは簡単ではありません。
学校は、動くことを求める場所です。
保護者は、早く何とかしたいと願っています。
先生は、学校生活の中でどう対応するかを考えています。
その中でスクールカウンセラーは、本人の感覚が置き去りになっていないかを見ていく役割を持っています。
ただし、それは学校や保護者と対立することではありません。
本人の主体性を大切にするという前提を、保護者や教員と少しずつ共有していくことです。
その前提が共有されると、家庭や学校の日常の関わり方にも影響が出てきます。
これは、面接室の中だけの介入ではありません。
子どもの日常生活に届く介入です。
チェックリスト:主体性を損なわない関わりのために
- 本人の知らないところで、話が進みすぎていないか
- 本人の合意を確認できる部分は確認しているか
- 保護者や先生の不安に巻き込まれすぎていないか
- 良かれと思った助言が、本人の感覚をなかったことにしていないか
- 本人の沈黙や拒否を、すぐに問題として扱いすぎていないか
- 保護者の中にある「本人を大事にしたい感覚」を拾えているか
- 見守りが放置にならず、関係の中で支える形になっているか
- 支援者自身が「早く変えたい」という焦りに気づけているか
まとめ:不登校支援は、主体性が戻ってくる関係を作ること
不登校支援で大切なのは、本人を早く動かすことだけではありません。
本人の中で、主体性が少しずつ動き出せる関係を作ることです。
そのためには、本人を説得するよりも、本人の感覚が存在できる余白を守ることが大切になります。
保護者や支援者が、良かれと思って先回りしすぎると、本人の主体性は弱っていくことがあります。
一方で、本人の感覚を大切にし、合意を確認し、対話の中で安全を作っていくと、本人は少しずつ自分の感覚を取り戻していきます。
それは、とても地味な関わりです。
しかし、その地味な積み重ねの中に、不登校支援の大切なコツがあるように思います。
かけい臨床心理相談室では、不登校の子どもや保護者に対して、本人の主体性を損なわず、対話の中で安全を作りながら、少しずつ関係を整えていく支援を大切にしています。
■ よくある質問(FAQ)
Q. 不登校の子どもには、学校に行くかどうかを本人に決めさせるべき?
A. 本人の意思を大切にすることは重要ですが、すべてを本人だけに背負わせると苦しくなることがあります。大切なのは、「自分で決めなさい」と突き放すことではなく、本人が自分の感じていることを出せる安全な関係をまず作ること、その上で本当に薄く対話を積み重ね、一緒に考えていくことです。
Q. 不登校の子どもを見守る時、親は何もしない方がいい?
A. 見守りは、何もしないことではありません。本人を急かしすぎず、でも孤立させず、必要な時に一緒に考えられる関係を保つことです。放置ではなく、本人の主体性が動き出せる余白を守る関わりと考えるとわかりやすいと思います。
Q. 不登校の子どもが何も話さない時はどうしたらいい?
A. すぐに話させようとすると、かえって閉じてしまうことがあります。まずは、話さないことにも意味があるかもしれないと見て、安心して黙っていられる関係を作ることが大切なこともあります。その上で、本人が少し話せるタイミングを待つことも支援になります。
一番大事なのは「話さないことにも訳がある」「そしてそれは自分と子どもの相互作用の中で生まれているのかもしれない」と考えて自分の関わりを、第三者、場合によってはカウンセラーやバイザーと一緒にチェックすることです。
Q. 親が子どものために動くことは、主体性を奪うことになりますか?
A. すべてがそうなるわけではありません。親が動くことが必要な場面もあります。ただし、本人の知らないところで進めすぎたり、本人の気持ちを確認せずに決めすぎたりすると、本人は置いていかれたように感じることがあります。できる範囲で本人と共有しながら進めることが大切です。つまり確認できないことは進めないくらいがちょうど良いこともあります。少なくとも良かれと思っての「不意打ち」だけはかけないようにしてみましょう。
Q. 不登校の子どもに「あなたのため」と言うのはよくないですか?
A. 人が子どもに「あなたのため」というときはどんな時でしょう。きっと相手が自分の思うようにならないときに、それでも相手を思い通りにさせるために迫っている場合に使われることが多いかなと思います。というか、「あなたのため」は「この善意を受けないとお前は私を裏切ることになるのだぞ」という脅しですよね。「あなたのため」という言葉自体が悪いわけではありません。ただ、その言葉で本人の感覚や意思が押し流されてしまうと、苦しくなることがあります。本人がどう感じているかを一緒に確認しながら進めることが大切です。
Q. ゲームばかりしている子どもには、主体性を尊重してそのままにしていい?
A. そのまま放置することと、主体性を尊重することは違います。ゲームが本人にとって避難場所になっている場合もあれば、生活が狭くなって苦しくなっている場合もあります。まずは、ゲームを単純に依存として決めつけず、本人が何を守ろうとしているのか、関係の中で丁寧に見ていくことが大切です。
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