かけい臨床心理相談室

【心理学】「あのブドウは酸っぱいに違いない!」認知的不協和理論

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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認知的不協和理論とは

まずはこちらの記事を。

仕事仲間のまえのしんさんのブログスクールカウンセラー養成所 より

 

認知的不協和理論についての説明
Festinger, L.(フェスティンガー)が提唱。 この理論では、あらゆる対象に対して持っている知識や意見を認知要素と呼ぶ。人は様々な認知要素を持っているが、ふたつの関連した認知要素が矛盾する場合、不協和が生じ、その不協和状態を何とかして避けようとする傾向があると考えた。

と。

 

僕はうっかりが重なって臨床心理専攻というところに入学してしまったので、心理学やカウンセリングの話にもあまり興味がなく、ウトウトしながら聞いていたのですが、この「認知的不協和理論」についての話を聞いた時に、「これだ!」と思ったことがあったのを覚えています。

 

学生寮で感じた認知的不協和理論

当時、応援団の巣窟のような雰囲気の上下関係の厳しい大学の寮に入っていて、それはそれでスリルもあり、話し相手も遊び相手もたくさん居て楽しかったのですが。

ある時、1回生同士で部屋でだべって盛り上がっていると、2回生(関西なので)の先輩に見咎められて「お前ら1回生は、なんで4回生の先輩の部屋に遊びに行かへんのや?先輩らが寂しい思いしてるやろ!?」と注意を受けるということがありました。

その時はへんてこな寮則というのがたくさんあって、門限だけでなく、掃除のルールや挨拶のルールや放送呼び出しのルールや、1回生だけで部屋に集まってはいけないやら月に一度は同じ学年で話し合いをしなければならなかったり、とにかくそんな寮だったんです。

その話し合いの時なんかでも、寮のルールの意味について話し合うみたいな、しょーもないような話だったのですが、とにかく学年で話し合わねばならず。

僕は次の日の部活もあるし、省エネモードでダラダラ聞いて、適当に参加していたのですが、その態度に同じ1回生のすごく面白いのに実は生真面目なH君が「まじめに聞けや!」と怒り出し「こんなん意味ないやろ!」と口論になり、それを聞きつけた2回生の先輩がやってきて「こういった話し合いもな、お前らのためにやっとるんやで」というようなさとし口調でH君も「そうやそうや」というような顔でいて。

どー考えても面倒くさいようなへんてこな時代錯誤なルールを守らされて、それはそれで面白いんだけど、どうやら先輩方は本気で「お前らのため」とか思っているらしい。

さらに不思議な事は、同じように面倒くさいと思っているであろう同回生までもが「なんでお前は先輩のありがたさが分からんのや!」とか本気で言っているらしい。

これって一体なんなん?

って思ってた時に耳に飛び込んできたのがこの「認知的不協和理論」でした。

 

イソップ物語における認知的不協和理論

繰り返しになりますが、イソップ童話の狐が、とることができなかった頭上のブドウに対して「あのブドウは酸っぱいに違いない」と言うように。

自分の気持ち(ブドウを味わいたい)と現実(でもブドウは取れない)の間に矛盾が生じた時、人は「変えられない現実」ではなく、「自分の気持ち」の方を変えようとすることがあると。

「あのブドウは酸っぱいに違いない」と自分の気持を書き換えることで、この矛盾というか葛藤を解消しようとすると。

 

つまり先輩は、1年生の時に理不尽なルールを押し付けられていて「嫌だな」と思っていたはずなのですが、そのルールを変えることが出来るわけでもなく、従うしかない状況で「あれはお前らの為を思ってやってるんやで」という言葉は、認知的不協和の解消に役立ったはずなんです。

そしてその「めんどくさいことが自分のために役に立っていた」という認知的不協和の解消に役立っていた考えは、そのまま本気で新しく出来た後輩に伝えられていく。

「同じようなことがずーっと何十年もグルグル繰り返されてきて、誰もそのことについてちゃんと考えられなかったのか!」

と。

 

なんだかもやもやが一気に晴れた気持ちがしました。

現状は変わらなかったんですが、心理学って面白いなと思えた瞬間でした。

 

ちなみにHくんとは10年後に再開し「なんで俺らあんなこと本気で喧嘩しとったんやろうなぁ?」と二人でその時のことを思い出しながら大笑いすることが出来ました。

そう考えると、あの理不尽な体験も良かったんじゃないかなあ?と思ったりしている自分もいます。

 

こんな体験を通して「心理学って、ホンマなんやな」と思ったのですが、ひょっとしてその体験も「来たかったわけではないのになんで心理学科におるんやろう?」という認知的不協和の解消に役立ってしまっていたのかも・・・とか考えだすと本当に訳がわからなくなるのでこの辺で。

 

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