かけい臨床心理相談室

【考えていること】歳を取ると人はなんで新しいものを受け付け難くなるのか

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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新しいものの中のオリジン

歳を取ると人はなんで新しいものを受け付け難くなるのかなあと考えています。

音楽も漫画もスポーツも学問もなんでも、特に表現というのは、過去の誰かが作った新しいものを受け止めた誰かが、それを土台にして新しいもの、新たな価値を加えてバリエーションをつくっていくこと、その螺旋のような繰り返しが表現の進化ということなのではないかと思っています。

つまりそれは、最新のなにかの中には常に過去に積み上げられた幾多のオリジンが眠っているということです。

オリジンを含んだ大量のコピーを先に見てしまうと、どうしてもそのオリジンが古いものと感じてしまう。

でも古いと感じるということは、自分自身が普段触れている「新しいもの」と感じているものの中に、そのオリジンが含まれているということかもしれません。

人間は常に今まで見たことも聞いたことのなかった新しいもの、革新的なものを探しがちですが、新しいものを理解しようとする時には、そのオリジンを注意深く見つけてみるということも必要なのかもしれません。

ドラゴンボールハラスメントという言葉がありました。

これは、会社の先輩や上司に「お前この仕事していてドラゴンボールを見ていないのか?」みたいな感じで無理やりドラゴンボールを読ませられることについてのハラスメントのこと。

というように僕は理解しているのですが、これも今回話す話とは無塩のものではないと感じました。

シーンの断層

人は常に最新のものに心躍ると思うのですが、ドラゴンボールは子供時代にリアルタイムで漫画やアニメを見ていた世代にとってはまさにそんな漫画だったのではないでしょうか。

そして人は子供時代、青春時代ににビビッドに影響を受けたものをその後の人生に、宝物のように心の宝箱に入れてずーっと持っているという事があるように思えます。

時々、ふと思い出して眺めて「懐かしいなあ」とか「やっぱりいいもんだよなあ」とか当時の思い出に心をはせる、それは心の中のコンフォートゾーン、安心していられる場所ということです。

多くの人は大人になるまでの過程で、仕事や恋愛や新しい自分をぶつけられるなにかを見つけて、一旦音楽や漫画やゲームのようなサブカルから離れてしまう時期があって、その忙しさからふと離れたときに久々にサブカルに触れようとしても、気がつけば知らない漫画や音楽やゲームが世の中を席巻していて、「あれ、なんだか前ほど楽しめないぞ?」と思いつつ、昔読んだ漫画の続編を呼んだり、昔好きだったアーティストの曲を聞いたりするものではないでしょうか。

サブカルはトレンドの移り変わりが激しく、それまでに合ったものを土台としてどんどん進化していってしまうので、ちょっとでも目を離していると全く違うものになってしまっている、ちょっと理解できないものに変化してしまっていることがあるんですよね。

それは私達が知らず知らずのうちにシーンの文脈を読んで、その文脈の中にどっぷり浸かることでその文化を楽しんでいたということかと思います。

長渕好きなのはこんな人、浜崎聞いてる人はこんな人、スピッツが好きなのとは、と勝手にマッピングしたり、Dr.スランプからドラゴンボールの流れや、そこからスラムダンク登場!椎名林檎の次に矢井田瞳がきた!といったような時代の変化の流れ、作品を味わっていただけではなく、そのシーンの中にいることを楽しんでいたといっていいのかもしれません。

なので、一旦そこから飛び出してしまうと、自分の理解しているところと現在の間に断層が出来てしまい、そのシーンの文脈がわからなくなってしまう、自分をそのシーンの中に定位できなくなってしまい、なんだか落ち着かない、居心地の悪さを感じてしまうことになるのではないかと思います。

人は作品のみならずそのシーン全体を楽しんでいる?

最近、漫画なら例えば鬼滅の刃のような、社会現象に成るような作品が出てきたときに、「久々にジャンプ漫画読んでみた」「やっぱいいな〜」となるわけですが、これも作品の力プラス、その社会現象の波の中にいるという居心地の良さ、つまり語り合える仲間がいたり、「いい歳して!」と言われずに済む文脈あってのことかもしれません。

鬼滅の刃を、普段漫画を読んでいなかった中年以上の層が読んだとしても、「久々にジャンプ読むか」とはならないし(鬼滅終わってるしね)、漫画好きが復活するということも少ないのではないかと思います。

なのでやはり人は自分の中のオリジン(コンフォートゾーン)に戻っていくというのが、自然ことなのかもしれませんし、サブカル以外でも、自分の一番良かった時期というものを、人は一生引きずり続けるものかもしれません。(例えばいつまでもバブル引きずっている人もいますよね)

だからネット記事でも懐かしのゲームや漫画の記事なんかは受けやすいですよね。

つまり、歳を取ると新しいものを受け付け難くなるのか?ということに関しては、すでに心のなかにコンフォートゾーンがあるなら、無理に新しいものを取り入れる必要がなくなる、ということと、シーンの断絶があると、昔好きだったコンテンツにも再参入しずらい、というだけのことかと思います。

運良く(運悪く?)そのトレンドをずーっと追い続けることができれば、シーンの分断を味わうことなく、ずっと最新を楽しむことが出来るということかもしれません。

ちなみにドラゴンボールのコンテンツ自体は今も大量に生産されていて、新たな子どもたちのファンを生み出していますが、逆に今から見ようと思っても、週刊少年ジャンプ連載以降のTV版や映画を追っていないときっとわけがわからないはず・・・なのでドラゴンボールを見る人の中にも谷間の世代(今の20代〜30代??)というのが存在しているのかもしれませんし、いったい現在もメディア展開し続けているドラゴンボールの全体を把握している人はどのくらいいるんでしょうね。

 

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