かけい臨床心理相談室

【スクールカウンセリング】学校内での評価されない活動の重要性

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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カウンセリング以外のスクールカウンセラーの仕事とは?

一昨日、学校で生徒向けの護身術のワークショップをやりました。

昨日は自殺予防をテーマにした行動目標作り、という委員会活動に便乗して、自殺予防をテーマにした歌を、委員会の生徒たちと全校集会で演奏するための練習をしていました。

そして来週は消しゴムはんこ作りワークショップを行います。

これもスクールカウンセラーの仕事のうちかどうか?と言われるかもしれません。

 

「いじめや自殺の未然防止」

しかし「いじめや自殺の未然防止」という考えに立つと、子供の持つストレス耐性をあげることや圧力がかかっても、またしなやかに回復できるレジェリエンスを身につけること、が必要と思っています。

 

一つは、子供が自分の評価を気にせずに身体活動や言語活動、表現活動をする場や、多様な興味関心を持てるものとの出会いの機会を作ること。

 

評価のない活動の重要性

もう一つは、評価に関係ない状況で、教師と子供たちとの繋がり、関わりが持てる場、新しい出会いの機会があること。

学校は学びの場であって、評価の場、ではないのですが、何をするにしても教師が子供を評価する、という側面が強く出てしまうのが、今の日本の学校教育の場であると思います。

もちろん、学校で学ぶこと、評価されることに活き活きと取り組める子は、自然と教師と関係が近くなり、学校でも楽しく過ごせるのですが。

学校で学ぶ事にどうも取り組みきれない、なんだか違和感がある、やっても上手くいかない、となるとどうしても評価は低くなるし、その事でさらに教師との距離が離れていってしまう、という悪循環も起こりがちだなと思います。

なんとなく学校の中に居場所がないような気持ちになっていて、評価されないのでやる気も出ず、そうするとやる気がないと意欲までも評価されてしまいます。

未然防止の観点からいけば、こういう居場所のなさ、違和感を感じている子の方が、繋がっていなければならないのだけれども。

教師からは「頑張っていない」「努力が足りてない」という取り組みの姿勢についての評価で終わってしまうことが多々あるように感じます。

教師の多くは、努力で失敗を乗り越えた体験を持っている人々

それは、教師の多くが、努力して成功した体験を積み重ねて来た人達と、「失敗を乗り越えて成功」してきた人達、そして「もともと能力が高くて学生時代は困ったことがなく、勉強やらなんやらできない人の気持ちがピンとこない人達」なので。

「努力しても上手くいかないことが続いた」

「上手くいかないことが続いたから、どうしても前向きな気持ちになれない」

「それを言葉にすることもできない」

という状況に、どうしてもピンとこないことが多いんですよね。

教師は頑張っている人が好き

教師は頑張っている人が好きなんです。

でもそれは常に評価する場、立場に身を置いているからなんですよね。

そして、学活でレクリエーションしたり、って時に、教師は、あの子こんな顔見せるんだ!?

って嬉しい発見をすることがあります。

教師は子供の秘められた力が現れるのも大好きなんですよね。

なので、評価の表れない場所で、教師と子供の、そして子供同士の表現を通じたネットワークを作ることって、かなり本質的な活動な気がするんですがどうでしょう?

その上、僕も活き活きとしています。

エビデンス出ることではないけど、こういう細かい仕掛けがたくさんあることが、結果として「自殺やいじめに対するセーフティネット」になると思っています。

 

そしてスクールカウンセラーの仕事は、学校の大多数の人間である、教師と児童生徒の、どうしてもぴんと来ない隙間を理解し通訳し、埋めるというとこに大きな重心があると思います。

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