かけい臨床心理相談室

SMについて考えてみる 社会的ドS編

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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あの人はSだね、とかあの人はMだよね、とか人をSかMかで分けて見てみよう、っていう切り口でのトークする人、身の回りにいませんか?

 

僕自身は自分がドMだと思っているのですが、ちょっとそのことについて考えてきたことを書いてみたいと思います。

 

注!この話に心理学的なエビデンスも何も存在しませんのであしからず。

 

と、その前に、Sってキツイことを人に言ったりやったりする人のことだと思うんですが、ここではまず

 

・本気で相手を傷つけることを目的とした言動をするサディスティックな人

 

・意地悪な物言いをしつつ、相手の反応を見て喜んだり、やりとりの中で場をコントロールするタイプの人

 

のことを分けて考えてみたいと思います。

 

ここでSとして取り扱うのは当然後者の方、俗にサービスのSとも呼ばれる社会的なSのタイプの人のことです。

 

彼らは当然仕切り屋で、さらにプロデューサー気質もあるので、何か楽しそうなアイデアを出して、人を乗せつつ場所も時間も結構な労力をかけて設定し、みんなが盛り上がっているのを見て一人で酒を飲みながらニヤニヤするタイプの人間です。

 

彼らが本当に仕切りたいのは、人の行動の全般や、その時々の空気感自体なので、直接人をいじることもあるかもしれませんが、あくまでもそれはいじられた人を含め、そこにいる人全体が楽しめるように、みんな笑顔で帰れるところまで仕切り通すのが目的であって、いじった相手が傷ついたり不満を抱くことになるなんてSとしての名折れ、と思っているような人でもあります。

 

そしてそういった、人に対しての配慮については、全く労を惜しまず全力でやり尽くす、そしてそれが大変なのに全然苦としない人。

 

これが僕の思う、すごく力のある社会的なSな人の姿です。

 

読んでて気づく方もいらっしゃると思いますが

 

「そのSの人って、かえってドMなんじゃねぇの?」

 

そうなんです。

 

いや、まさにその通り!

 

究極のSとは、そのど真ん中に究極のドMを内包しているんです。

 

つまり、ドMの気持ちが深いところで理解できずして真のS足り得るのかと。

 

でもねみなさん、光あるところに影があるように、世の中にはドSならぬ駄Sみたいな輩もいるんですよね。

 

「俺結構Sだから」

 

みたいなことを言う奴に限って駄Sなことが多いんじゃないかなと思います。

 

・配慮がない

・人を傷つける

・場が盛り下がってるのに気づかず自分だけ喜んでいる

 

真のSの方から見たら「それはただのバカで意地悪な人だよ」ってことになってしまいます。

 

何が違うかっていったら、相手の心への理解や関心がない、もしくは著しく足りないんです。

 

ドSとドMというのは真反対のように思われていますが

自分と真反対の中にあるものを理解し感じ、その心の動きをトレースできてこそ、真の協働的な作業ができるのではないか?

と思う次第でございます。

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