かけい臨床心理相談室

【チーム学校】個人戦が集まった団体戦が好きなのに・・・スクールカウンセラーの常勤化の中で学んだチームワーク

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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初めての常勤のスクールカウンセラー

今の仕事は、多職種のチームワークで臨まねばならないところで、それまではずっと10年位、外部の専門家として関わってきたこともあって、なかなか戸惑うことが多かったですが。

 

二年目になって、やっとチームで動くコツというか、組織や仕組みを通して、助け合える働き方をデザインしていくことが出来るようになってきた気がします。

 

学校現場のことで考えると、スクールカウンセラーのつもりが、いつのまにか学校コンサルティングに近いことをやっているようになってきて、これはきっとスクールカウンセラーの常勤化が当たり前になった未来のあるべき姿だと思うのですが。

 

状況や構造が見えれば見えるほど、自分の身一つをとうに超えた責任や重圧に気付かされ、今まで感じたことのないプレッシャーを感じることが増えてきました。

 

どこに行って、どこで働いたとしても、そこにある「必要」を吸収して、一歩先に進めたらいいなと思っているのですが、そのためには自分の枠を広げなければなりません。

 

枠はただ単に広いとか大きいことだけではなく、ものの見方を変えないと、今ある必要を吸収できなかったり、見方を変えるまでにとても苦しい思いをすることが多いなと思います。

 

チームで動く仕事で、そういう事になった場合、人間関係も含めてどん詰まりのような状態になって、いろんな人に迷惑をかけたり、感情に振り回されながら、少しずついろんなことに気づき、枠を広げることで、やっと「必要」を吸収し、仕事が本当に「仕事」になっていくのだなと感じます。

 

でもそれにはしんどい時に生き延びねばならないですよね。

 

仕事を続けながら、支え合える仲間や安心できる場所や、自分を助けてくれるコミュニティーや、師匠なんかを見つけて、いざっていうときにちゃんとSOSが出せるようになっていく。

 

そして、そういう時に自分の足りないところを感じたり、The人生みたいな話になってしまいましたね。

 

協働する喜び

話は変わりますが、僕はやりたいことがたくさんある上に、人の何倍もの時間を掛けてもうまくいかないような苦手なこともたくさんあって、その上、人に何かを頼むのもあまり上手くないという、自分自身を振り返っても本当に困った人で。

 

なかなかやりたいことが出来なくて困っていたのですが、これまた僕の苦手な、誰かと協力して何かを作り上げたり仕事をする、っていう機会がこの1年でポコポコと増えてきて、そこで

 

意外と人と何かを一緒にやるってことは「ええもんやん!」

 

って思えたんですよね。

 

今気がついたのですが。

 

そういえば、僕は誰かの企画に「ここ」って決めたところに一方的に得意分野で協力するのは得意だったりするんです。

 

キャンプであってもLIVEであっても、結婚式であっても、スクールカウンセリングであっても、どんなに目立っても中心にはならないけど、「外部性」を持ってそこに関わるのは得意だったんです。

 

でも、自分が中心に成ったり、そのものの中に入って、誰かと一緒に足並みをそろえたり、協力して何かを行うってことが出来なかったんですよね。

 

これは、本当に僕の中心にあるものなのかもしれないですね。

合気道やTEDxみたいな「個人戦」の集まったような「団体戦」は好き。

でもチームで連動して動く球技は苦手、みたいな。

 

「自分一人分の責任は喜んで負う、でもそれを超えた責任は持てない」

 

という「責任」に関わることが、知らないところで自分の行動や選択を規定していたのかもしれません。

 

書きながら一人で自分をカウンセリングしてるみたいですが、最近はちょっと様子が違うんです。

共時性と協働

仕事の中で、「協力」っていいかも?って思うようになってきたところで、冒頭で書いたように、色んな場面で互いの良さを活かしあってやっていこう!みたいな動きが自然に集まってきている気がするんです。

 

「タオ心理学」という本の中に「弟子に準備ができた時に師匠がやってくる」みたいな言葉があるのですが。

「タオ心理学」

タオ心理学―ユングの共時性と自己性 ジーン・シノダボーレン著

やはり心のなかで起こっていることは、自分の外側にも知らぬ間に反映されていて、見えないようで、いろんなところからその繋がりが見えるのだなって。

劇的じゃないけど、ユング心理学的な、共時的な体験の中に常にいることを意識させられます。

 

「生きる」上での次の「仕事」は、それ抜きでは決して叶わない「必要」が、今少しずつ整っているのかもしれないなと感じています。

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