かけい臨床心理相談室

「和して同せず」【孔子】学校の先生とスクールカウンセラーとの関係を考える その1

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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学校の先生とスクールカウンセラーとの距離感の難しさ

この一ヶ月はスクールカウンセラーとして勤めていた学校の離任式と送別会があったり、その後もなんだかんだと先生方と飲む機会があり、名残惜しさを感じる。

 

学校の先生とスクールカウンセラーとの関係については

「学校の先生とスクールカウンセラーが仲良くし過ぎると、生徒にとって相談しづらい存在になってしまうのではないか?」

「とにかく先生とのコミュニケーションを大事にしていかなければ、Noと言わないことが大切」

とか、昔からいろいろな意見がある。

しかし、結局はそのSCの現在の力量や、学校状況などによって「こうするのがベスト」ということがなかなか言えないのではないかと思う。

 

信頼関係を結ぶことと、同化しないこと

僕ら学校でのカウンセラーの仕事をしている人間にとっては、先生方とは、お客さんであり、子どものためにチームを組む仲間であり、ある意味管理者でもあり。

先生方との信頼関係はいい仕事をするためには無くてはならないもの。

一緒に働く時間が長くなると、だんだん先生方の価値観、考え方が理解出来るようになり、気がつけばそこに同化してしまいそうになっている自分を感じることもある。

多くのスクールカウンセラー、特に経験の少ない人は、最初に学校の先生方の考え方、方法論がうまく分からないまま、セラピーとしては上手くいっているはずが、いまいち信用してもらえなかったり、連携がちぐはぐになってしまったりということがありがちで。

経験を積み重ねることで「なるほど」と思うことが増え、変な外し方をしないようになり、信頼関係も築けるけど、逆に前述したように、先生方の価値観に染まってしまったらカウンセラーとして機能しなくなってしまう。

 

飲み込まれず独立し続けることの難しさ

人間、疎外されるのは誰でも恐い。

 

ましてや専門性の違う集団の中にポツンと1人放り込まれて、その中で自分の仕事と居場所を作っていかなければいけないのだから、すごくしんどい。

だからその場で生き残るために、孤立する不安から逃れるために、無意識に相手に合わせようとしてしまう。

 

(これは考えてみれば、教室内で孤立するのが恐くて、自分を押し殺して周りに合わせている子どもの姿や、会社の雰囲気になじめずに自分を押し殺して苦しくなる人のと重なる)

 

でもそれでは専門家としての自分がここにいる意味が無い。

当然それが分かる人には分かってしまう。

「こいつ自分の仕事してないな」って。

 

多職種連携に求められる「和して同せず」の精神

「和して同せず」という論語の中の言葉がある。

他人と和さないといけないけど、同じになってもいけないと。

スクールカウンセラーの仕事になぞらえれば「協力して事に当たらなければいけないが、かといって同じ価値観の中に埋もれてしまってはいけない」と。

 

このことは、チーム学校で言われている「協働」や、公認心理師の「多職種連携」といったキーワードとも深いかかわりがある。

どうやったら学校の中で「和して同せず」が成立するのか?

 

そのヒントは、「ユニークである」ということ。

 

その2に続く・・・「ユニークな存在たれ!」【サティシュ・クマール】学校の先生とスクールカウンセラーとの関係を考える その2

 

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