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【保護者対応】やりすぎ(に見える)保護者への対応

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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やりすぎ(に見える)保護者

教育機関などでカウンセリングの仕事に関わっていると、そこそこな割合で「めちゃめちゃパワフルで子どもより先にどんどん動いてしまう保護者」というのにお会いします。

こういう方の多くはテキパキとしていて、見通しを立てる力も高いので、常に先のことを予想してお子さんのことをあれこれ心配したり、転ばぬ先の杖をゲットしようと頑張っていたりします。

カウンセラーの立てがちな仮説

僕らカウンセラーというのは往々にして「子どもの主体性」というのを大事にする「習性」のようなものがついていがちなので、ついつい保護者の強すぎる子どもへの影響力を排除せねばならないのではないか、と思ってしまいがちでもあります。

つまり、子どもの問題を維持させてしまう要因の一つとして、この「保護者の強い子どもへの影響力」が作用しているのではないか、と仮説を立ててしまいがちということです。

こんな保護者が子供のことで相談に来ている場合、その仮説からカウンセラーが取る行動は、そう動かざるを得ない保護者の不安を受け止めつつも、「ほどほどにしてください」と保護者にお伝えするという感じになることが多いのではないでしょうか。

一見理にかなっているように見えるこのカウンセラーの介入には、実は介入が上手く行かない機構が内包されています。

それはこの介入のセッティング自体に「保護者が問題だよね」という前提があるということです。

どんなに丁寧に伝えても、保護者の中に言葉にはならずとも「それって私が悪いってこと?」という思いがなんとなく湧いてくるものですし、そうなるとつまりこの介入は功を奏さないということです。

なんとなくカウンセラーの言うことに従うのも気に食わないし、なんとなくいやだなあという気持ちが保護者に湧けば、保護者とカウンセラーの間で、子どもに対する協働的な対応をするのは難しいことでしょう。

前提を変える

ではどうすればいいのでしょう。

「やりすぎ(に見える)保護者」として見るのではなく「めちゃ頑張っている保護者」というフレーム、枠組みで保護者のことを見る、介入を考えるということがいいのではないかと思います。

前提が変わると浮かぶ考えも言葉も変わる、そして行動も変わっていくのは、カウンセラーも保護者も子ども先生も同じです。

きっとカウンセラーのもとに相談に訪れているパワフルな保護者は、どこかで言葉にならない「保護者がやりすぎなんじゃないの」という視線や雰囲気を浴びていると思うんです。

今のやり方が良くないと否定されたら、それにより固執してしまうのは、カウンセラーも保護者も子ども先生も同じです。

頑張りに焦点を当てる

まずは保護者の頑張りに焦点を当てて話を聞いてみましょう。

きっと頑張らざるをえない状況や張り詰めた気持ちがそこにはあるはずです。

その頑張りがあってこそなんとか維持できている今の状況について発見してみましょう。

その頑張りに最大限の敬意と、ねぎらいを贈りましょう。

その頑張りが今の状況を打破するという前提での介入を考えるのは、それからだと思います。

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