かけい臨床心理相談室

【考えていること】当たり前と常識の向こう側を覗いてみたい

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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当たり前という言葉は思考停止を促す

NHKのあさイチという番組の不登校特集で、不登校経験者の宮本亜門さんが「普通にして」って言葉を聞いた瞬間に心のシャッターが下がる、というようなことをおっしゃっていました。

 

あさイチ 不登校問題の特集に出演した宮本亜門さんの言葉がすごいと話題 #あさイチ

 

「普通」というのは、対話を断絶してしまう言葉です。

少し似た言葉で「当たり前」という言葉があります。

何かについて話している時にポンと出る「それ当たり前でしょ?」っていうことがありますが。

「当たり前」ってのは、思考停止を促す言葉だと思います。

なぜなら、その先を考えるのはとても頭に負荷がかかることだから、その先を考えるのがめんどくさいことなんですよね。 自分が生きてる、その存在に関わることだから。

当たり前にのことについて、あえて問う

いちいち常識や当たり前って流しちゃうとこに「なんでかな?」って考えるのは、ちょっと大変なことだし、ちょっと面倒くさくなるけど、その「問い」があることで、当たり前の裏側の構造、というか必要性が見えたり、ここは必要だけどここはいらんやん、みたいなとこが見えてきたりする。

そして人が「それ当たり前でしょ」って言った時の、その「当たり前」ってのが、どのくらいの、その言ってる「当たり前」についての理解度があるんだろう??とか考える面倒くささがあります。

でも、そういうのをいっぺんにギュウギュウと押し付けられると本当に苦しく、話そうにも話が通じないことがあります。

「そもそもそれって」ってそのことについて話そうとしても「あなた何言ってるんですか!?」みたいになってしまっている時って、もう感情の世界だからどうにもならない。

本当はそこについて、その先について話すことで、自分一人では気づけ無い考え方の癖や価値観が明らかになったり、自分の面白さに向き合うことになるはずなのに、そこに至れません。

あ、バカの壁ってこういうことなのかな?

それぞれの持つ当たり前を持ち寄って眺める

そういうときって、怒っている本人はごくロジックに「当たり前でしょ!」って言っているつもりなのに、実際にはその人の「当たり前」を扱うことができなくなってしまっています。

それぞれの人の持っている当たり前ってのは、やっぱりその人の価値観や今まで生きてきた積み重ねだから、尊重できたらいいですよね。

でも、その当り前は、本当は人それぞれが違っていい、絶対できなものでなく、相対的なのものであることは知っていたいです。

相手の「当り前」を外側から眺めて、自分の当たり前と比べたりしてあれこれ考えている位置取りでいたいですし、もし可能ならば自分の当たり前や、相手の当たり前について、あれこれ笑いながら話をして自分の中や相手の中に新しい発見をしていきたいです。

それが僕らしい「当り前」への向き合い方なんじゃないかなと思っています。

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