かけい臨床心理相談室

コロナの状況下で例外を探す

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臨床心理士  カウンセラーっぽくないカウンセラーと言われることが多い チェブラーシカに似ていると言われることがある 似ていないと言われることもある 時間空間的なおっちょこちょいである
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コントロールできることとできないことを分ける

今現在、コロナの状況下、外出自粛など活動できることが少なくなっていますし、虐待やDVの増加の問題もあります。

そして経済的な問題で先の見えない状況に陥っている方もいらっしゃるかと思います。

そういった不安な状況に対して、どうやったら自分自身や家族を心理的に支えていけるのでしょうか?

一つ大事なことは、自分の力でコントロールできる部分と、そうでない部分を分けて考えることかと思います。

コロナのある今の状況に対して、そのすべてを変えることは出来ませんが、自らの感染予防のために、そして感染拡大を防ぐために外出を控えたり、うがい手洗いをすることができるかもしれません。

休校になった学校に子供を登校させることは出来ませんが、家の中で子供が遊んだり学んだりするのを、少しだけでも楽しい体験になるように工夫することはできるかもしれません。

コロナや生活状況で変えられない部分と、そうでない変えられる部分を分けて考えて、変えられない部分ではなく変えられる部分に着目してアイデアをひねり行動を起こすことが重要なのではないでしょうか。

問題に注目すると悪循環が生まれやすい

解決志向ブリーフセラピーやナラティブセラピーには、「例外」に注目する文化があります。

カウンセリングに来られる方はなんらかの問題を、つまり生活上の困りごとや不安を抱えて相談にやってきます。

通常は問題に対処する方法を考えるために、その問題について話を聞き、理解を深めていくのですが、問題について注目しすぎることで問題にがんじがらめになってしまうこともあります。

例えば不登校の場合を例に取ると、子供が不登校になることで、保護者は自分の育て方が悪かったのではないかと自分自身を責めてしまい、鬱々とした気持ちになってしまい、そんな姿を見ている子供は、親が元気がないのは自分が不登校のせいだと更に自分のことを責めてしまう、という悪循環が起こってしまうことがあります。

この悪循環を繰り返すことで、家庭内の雰囲気はどんどん暗い方に傾いてしまい、こういった状況ではなかなか回復するためのエネルギーは溜まってきません。

問題の原因を突き詰めていこうとする、いわば問題志向は、人間関係の中で行われたときにこういった「誰も悪くないはずなのになぜかみんな疲弊する」という悪循環を招くことがあります。

(トイレットペーパーがなくなるというデマは真実ではありませんでしたが、デマがあることで買い占めをする人がいるのではないか?という不安が生まれ、いつもより多めにトイレットペーパーを買う人が増え、実際にお店にはトイレットペーパーが品薄になり、結局デマが真実になってしまうというプロセスにも似ているかもしれません。)

例外に注目する

このように問題に注目することで、逆に問題にがんじがらめになってしまっている場合には「例外」に注目することがその問題の解決に役立つことがあると、ブリーフセラピーでは考えられています。

不登校の例で言えば、「学校に行っていない」という状況がかんたんには変わらないのであれば、学校に行っていない状況のままでできる、子供が元気になれること、保護者がいつもと違う気分でできることを探して取り組んでいく、という「不登校であっても元気」を目指す取り組みをまずしていくことになります。

学校に行っていなくても元気な状況が作れればそのまま学校にいかなくなるのでは?と心配される方もいらっしゃいますが、元気が回復し、活動の場が徐々に広がっていけば、学校の卒業、中退といった人間関係を仕切り治せるタイミングで、殆どの子供は何らかの形で自ら「学校に行く」という選択を選ぶことがほとんどです。

(これは同時にやはり子供のより良い将来にとっての選択肢が学校に行くこと以外に少ないという意味かもしれませんが)

コロナの場合は少し違うところもありますが、「コロナで不自由な状況」ありきで、それでも例外的に自分たちのためにできること、家族の関係を良くしていくための工夫や一緒に暮らす人の元気が出る工夫をすることを見つけていくことが、今できる大切なことかと思います。

いつもより2割真剣に話を聞く

医療機関やインフラを支えている方々のように、どうしても出勤せねばならない人もいますし、経済的にも気持ち的に余裕がなく、新しい行動など起こせるわけ無いと思う方もいらっしゃると思います。

一人ひとり、その人の個性や置かれている状況によって、今できることが異なっています。

今それどころじゃない人は無理をする必要はないかと思いますが、気づいた人、動ける人が、今それどころじゃない誰かを支えたり、安心させたりするための何らかのアクションが取れるといいなと思います。

大人も子供もそうですが、人は不安やストレスが積もっている時は、身近な誰かに何かを話したくなるものです。

例えば誰かが話をし始めたら、いつもより2割増しに真剣に話を聞いてみるとか、家族や身近な誰かがホッとするような何かをこっそり仕掛けるような小さなことでいいと思うんです。

(小人作戦と読んでいます。ミルトン・エリクソン入門と森俊夫先生の講義からヒントを得ました。人はなにかしてあげると感謝してもらわないと腹が立つものですが、あくまで自分のため、ポジティブな循環が家庭の中で生まれるための介入なので気づかれずこっそりやるゲームにする方がやってる人の満足感があります)

コロナがいつ収束されるかはわかりませんが、こういった身近な人に対する小さな積み重ねは、コロナ状況下にあっても、収束後も、信頼関係を高め、心地よく過ごすための実は大きな介入になるのではないかと考えています。

何ができるか?どうすれば可能になるのか?というところは、まさににもかかわらず笑うのユーモア精神と、曖昧さに耐える力が求められることかと思います。

 

参考文献

東豊著 新版 セラピストの技法 システムズアプローチをマスターする 日本評論社

ウィリアム・ハドソン・オハンロン著/森 俊夫,菊池安希子訳 ミルトン・エリクソン入門 金剛出版

帚木 蓬生 著 「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」朝日選書

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