子どもの「好き」を大事にすることが、基本的自尊感情と主体性を育てる|不登校支援で考えたい「関心に関心を持つ」という関わり
目次
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- 不安が強かったり、自分の気持ちをうまく言葉にできなかったりする子どもでは、「自分は大切にされている」という土台を支える関わりが重要になることがあります。
- 年齢が上がるほど、身体的に抱きしめる代わりに「その子が大切にしているものを大切にする」ことが、気持ちを受け止める関わりになります。
- ゲーム、漫画、恐竜、ポケモン、仮面ライダーなど、子どもの関心に関心を持つことは、その子の主体性や「自分で選んでいる」という感覚を支えることにつながります。
- 現実的な課題を話すことと、子どもの世界を一緒に楽しむことは二者択一ではありません。関係を保ちながら、必要なところでは見守り、必要なところでは現実的な話をする、そのバランスが大切です。
子どもが大切にしているものを一緒に大切にすることは、その子自身の心を間接的に抱きしめるような関わりになるのだと思います。
不安が強い子どもに、何を育てていけばよいのか
不登校の子どもや、情緒的に不安定になっている子どもと関わっていると、不安が強かったり、物事をかなりネガティブに受け取りやすかったりすることがあります。
自分の思っていることをうまく言葉にできず、「困っている」「怖い」「助けてほしい」と伝える代わりに、暴言になったり、ときには自分を傷つけるような形で苦しさが表現されたりすることもあります。
もちろん、こうした行動にはさまざまな背景がありますので、すべてを一つの理由で説明することはできません。
ただ、臨床でお会いしていると、「自分の気持ちを誰かと共有し、それを受け止めてもらう」という経験が十分でなかったのかな、と感じるケースがあります。
そうした場合には、行動だけを変えようとするのではなく、その子の情緒そのものを支えていく視点が必要になります。
「できる自分」より前に、「大切にされている自分」がある
自尊感情について考えるとき、私は近藤卓先生の「基本的自尊感情」と「社会的自尊感情」という分け方が、とても臨床的にわかりやすいと思っています。
近藤卓著『子どもの自尊感情をどう育てるか そばセット (SOBA-SET) で自尊感情を測る』ほんの森出版
社会的自尊感情は、たとえば「勉強ができる」「スポーツが得意」「人から評価される」といった、何かができることや社会的評価と関係した自信です。
一方で基本的自尊感情は、もう少し土台にあるものです。
「何かができるから自分には価値がある」というよりも、
「自分はここにいていい」
「自分の気持ちは大事にしてもらえる」
「自分という存在そのものが大切にされている」
という感覚です。
不登校の子どもに対して、「学校に行けた」「勉強できた」「朝起きられた」という結果だけを評価していると、社会的な評価は増えても、この土台の部分にはなかなか届かないことがあります。
むしろ調子の悪いときほど、「何もできていない自分でも、この人は自分に関心を持ってくれる」という経験が大切になるのではないかと思います。
小さい子なら抱きしめられる。でも中高生ではどうするのか
幼い子どもであれば、泣いているときに抱きしめたり、膝に乗せたり、一緒に遊んだりすることで、「自分は大切にされている」と身体的に感じてもらうことができます。
でも、子どもが大きくなってくると、そういうわけにはいきません。
中学生や高校生を、何かあるたびに親がぎゅっと抱きしめるというのは、現実的にはなかなか難しくなります。
では、身体的な距離が少しずつ離れていく中で、どうやって「あなたを大切に思っている」ということを伝えればいいのでしょうか。
私は、その一つが「子どもの関心に関心を持つこと」だと思っています。
子どもの関心に関心を持つ
その子が大切にしているものを、大人も少し大切にしてみる。
たとえば、その子がポケモンの話を一生懸命しているなら、その話を聞いてみる。
恐竜が好きなら、「どの恐竜が好きなの?」と聞いてみる。
プリキュアが好きなら、「それいいね」「どこが好きなの?」と少し一緒に楽しんでみる。
仮面ライダーが好きなら、仮面ライダーの話を聞いてみる。
私は、こういう関わりは、間接的に、しかも具体的な行動として、「その子自身の心を大切に扱う」ことになるのではないかと思っています。
その子が好きなものは、その子自身が選んでいます。
「これが好き」
「これは面白い」
「これについてもっと知りたい」
そこには、その子自身の感情や意思や主体性があります。
だから、その子が選んでいるものを大切にしてもらえるということは、「あなたの感じていることや、あなたが選んだことを大切にしています」というメッセージにもなります。
高学年になるほど、「そんなことより勉強しなさい」と言いたくなる
これは親御さんの立場になると、とてもよくわかることでもあります。
小さいうちは、子どもがプリキュアや仮面ライダーの話をしていると、「好きなんだね」「面白いね」と一緒に楽しみやすい。
ところが、小学校高学年、中学生、高校生になってくると、親の側にも不安が増えてきます。
勉強は大丈夫だろうか。
進学はどうなるんだろう。
学校に行かなくて大丈夫なのか。
将来、働けるのだろうか。
そうすると、子どもがゲームや漫画について一生懸命話しているのを見ても、
「そんなことをしている場合じゃないでしょう」
「ゲームばかりしていないで勉強しなさい」
「そんなくだらないことに夢中になってどうするの」
と言いたくなってきます。
これは、子どもへの関心がなくなったからではありません。
むしろ、親御さんが子どもの将来を心配しているからこそ起こることでもあります。
ただ、その親の不安によって、子どもの「好き」に一緒に関心を向ける機会が失われてしまうとしたら、少しもったいないなと思うのです。
好きなことを認めると、ますます依存してしまう?
ここでよく出てくる心配があります。
「ゲームを認めたら、ますますゲームばかりになりませんか?」
「漫画の話を聞いていたら、そこから抜け出せなくなりませんか?」
という心配です。
もちろん、生活リズムが完全に崩れていたり、依存的な使用が強くなっていたりする場合には、それ自体を丁寧に評価する必要があります。
ただ、「好きなものに関心を持つこと」と「何をしても制限しないこと」は同じではありません。
私はむしろ、その子が好きなものを大人が否定せず、「それいいね」と一度ちゃんと一緒に味わってあげることで、子どもが次の関心へ動き出すことも少なくないと感じています。
好きなものを取り上げたり否定したりすると、かえってそこに固着することがあります。
反対に、「あなたがそれを好きなのはわかったよ」と十分に共有されることで、「もう少し別のこともやってみようかな」と動きやすくなることがあります。
すべての子どもがそうなるわけではありませんが、少なくとも「認めたら永久にやり続ける」と単純に考える必要はありません。
高校生と1時間、仮面ライダーの話をする
実際の支援でも、私は子供たちの趣味の話をじっくり聞くこともあります。
支援者としては、本当は進学や就労のことを話したい、という思いが頭の中にあることもあります。
もちろん、本当に必要な話はします。
しかし、「今日はどうもそこじゃないな」と感じる日もあります。
そんなときに、
「まあ今日はあなたの好きな◯◯についての話をじっくり聞こうか」
という気持ちで話を聞いていると、さっきまで沈んでいた子であっても、気がついたら目を輝かせながら立て板に水のように目をキラキラさせて話し続けていることがあります。
好きなことについて話しているときには、本当に表情が変わります。
その姿を見ていると、私は冗談半分で「回復魔法がかかっているみたいだな」と思うことがあります。
もちろん、その子の好きな何かの話そのものに治療効果があるという意味ではありません。
大事なのは、
「自分が好きなことに関して、関心を持ってくれている」
「自分が大切にしているものを、この人も大切に扱ってくれる」
という経験です。
直接、あなたは大事と伝えなくても、大事なものを大事にされることが、間接的にその人を大事にすることになっているのです。
その時間によって気持ちが少し充実し、「まあ、嫌なことも少しやってみるか」と次の行動につながることがあります。
「好き」を聞くことは、課題から逃げることではない
臨床心理士や公認心理師として働いていると、「ちゃんと問題について話さなければ」という気持ちが強くなることがあります。
不登校なら登校について。
高校生なら進路について。
成人に近ければ就労について。
もちろん、必要な課題について話すことは大切です。
しかし、毎回そこに向かわなくてもいいのではないでしょうか。
人が動き出すためには、問題について正しい話をすることだけでなく、もう一度エネルギーが戻ってくることも必要です。
子どもが自分自身に戻れるような時間があり、そのあとで現実的な課題を一緒に考える。
私はその順番のほうがうまくいく場面をたくさん見てきました。
研究的にはどう考えられるのか
「子どもの好きな話を聞けば基本的自尊感情が高まる」と直接証明した研究があるわけではありません。
ただ、この考え方は、愛着研究や自己決定理論など、いくつかの心理学的知見と整合的です。
愛着研究では、養育者が子どもの状態や気持ちに気づき、それに応答することが、安全感や情緒調整の発達を支えると考えられています。
また、自己決定理論では、人が主体的に活動するためには、「自分で選んでいる」という自律性や、「他者とつながっている」という関係性の感覚が重要だとされています。
子どもの「好き」に関心を向けることは、
「あなたが選んでいるものを尊重しています」
という自律性への支援と、
「あなたの世界に私は関心があります」
という関係性への支援の両方を含んでいると考えることができます。
ですから私は、「好きなことを聞く」という一見何でもない関わりを、かなり重要な臨床的行為として見ています。
家庭で足りないなら、学校や支援者が少し補ってもいい
こうした関わりが家庭の中で十分にできていれば、子どもは家庭で気持ちを充電して、外で少し頑張りやすくなります。
でも、家庭に余裕がないこともあります。
親御さん自身が疲れ切っていたり、仕事やきょうだいの対応でいっぱいだったりすることもあります。
その場合に、「家庭でできていない」と親を責める必要はありません。
学校の先生やスクールカウンセラー、支援者が、少しずつ補うこともできます。
大げさなことではありません。
子どもが発言したときに、少し目線を向ける。
小さくうなずく。
「そうなんだ」と返す。
その子が何に興味を持っているのか覚えておく。
以前話したことに、「この前言ってたやつ、どうなった?」ともう一度関心を向ける。
私は、こういう一つひとつの関わりも、大袈裟に言えば心に安心を積み上げることだと思っています。
「オッケー」と受け止めることと、何でも許すことは違う
ここも大切なところです。
子どもの意思や興味を肯定することは、子どもの行動をすべて許容することではありません。
危険な行動には制限が必要ですし、家族の生活に大きな影響が出ている場合には、境界を作ることも必要です。
ただ、そのときにも、
「あなたがそうしたくなる気持ちはわかった」
と、気持ちや願いを受け止めることと、
「でも、この行動については一緒に別の方法を考えよう」
と現実的な枠を作ることは両立できます。
「オッケー、オッケー」とその子自身を肯定しながら、必要なところには境界を作る。
この両方があるからこそ、見守りが単なる放任にならず、関係が依存だけに傾かず、その子自身が主体的に動いていく余地が生まれてくるのだと思います。
学校に行っていなくても、子どもは成長している
不登校の支援をしていると、「学校に行けているかどうか」だけで子どもの状態を評価してしまいやすくなります。
でも、しばらく学校に行っていなくても、
以前より自分の気持ちを話せるようになった。
好きなことについて生き生きと語れるようになった。
家族にお願いができるようになった。
嫌なことを「嫌」と言えるようになった。
少し先のことを考えるようになった。
という変化が起こることがあります。
そんなときには、
「学校にはまだ行っていないけれど、この子はものすごく成長しているな」
と感じることがあります。
登校は大切な指標の一つではありますが、人間としての成長は、それだけで測れるものではありません。
安心できる関係の中で、自分の気持ちや興味を少しずつ取り戻していく。
その過程そのものを、私たちはもっと丁寧に見ていいのではないでしょうか。
■ 支援者・保護者のためのチェックリスト
- 子どもが今、何に関心を持っているか知っている
- 好きなものを「くだらない」と評価せずに聞く時間がある
- 課題について話す前に、その子の状態を見るようにしている
- 以前聞いた好きなものについて、もう一度尋ねることがある
- 「好きなことを認める」と「何でも許す」を分けて考えている
- 登校や成績以外の成長にも目を向けている
- 親や支援者自身の不安から、子どもを急かしていないか振り返ることがある
- 見守るだけでなく、必要な場面では安全や生活上の境界も作っている
■ まとめ
不安が強かったり、自分の気持ちをうまく表現できなかったりする子どもに必要なのは、正しいことをたくさん教えることだけではありません。
「あなたの感じていることに関心があります」
「あなたが大切にしているものを、私も大切に扱います」
という経験が、その子の内側に少しずつ積み重なっていくことが大切です。
小さい頃には身体を抱きしめることで伝えていたものを、成長した子どもには、その子の関心を大切にすることで伝えていく。
ポケモンの話でも、ゲームでも、漫画でも、仮面ライダーでもいい。
その話をしている子どもが生き生きとしているなら、その時間には意味があります。
子どもの関心に関心を持つ。
それは、その子を直接変えようとする関わりではありません。
その子が自分の力で次の一歩を踏み出せるように、まず心を充実させていく関わりなのだと思います。
■ よくある質問(FAQ)
Q. 不登校の子どもがゲームばかりしています。好きなだけさせるべきですか?
A. 「ゲームに関心を持つこと」と「時間や生活について何も考えないこと」は別です。まず、なぜそのゲームが好きなのか、何が楽しいのかを知ることで、その子の今の状態が見えてくることがあります。そのうえで、睡眠や食事など生活への影響が大きい場合には、本人と相談しながら現実的な枠を作っていくことが大切です。
Q. 子どもの好きなことばかり聞いていると、甘やかしや依存になりませんか?
A. 好きなものを一緒に楽しむことそのものが、直ちに依存を生むわけではありません。むしろ安心できる関係を土台にして、少しずつ自分で動けるようになる子どももいます。ただし、大人が何でも代わりに行ったり、子ども自身ができることまで引き受けたりすることとは区別して考える必要があります。
Q. 不登校の子どもには、学校の話をしないほうがいいのでしょうか?
A. 学校の話を避け続ける必要はありません。ただ、本人の状態を見ずに毎日学校の話だけをすると、それ自体が大きな負担になることがあります。話せそうな日には話し、今日は難しそうだと思えば別の話をする。その柔軟さが関係を保つうえで役立ちます。
Q. 中学生や高校生と何を話したらいいかわかりません。どうしたらいいですか?
A. 大人が話題を用意しなくても、その子が最近見ているもの、ゲーム、動画、音楽、スポーツ、漫画などについて少し尋ねてみるところから始められます。「それの何が面白いの?」と教えてもらうくらいで十分です。
Q. 子どもが好きなことを話してくれません。見守るだけでいいのでしょうか?
A. 無理に聞き出す必要はありません。話したくないときに質問を重ねると、かえって距離が開くことがあります。一緒の空間にいる、好きそうなものに少し関心を示す、話し始めたときには遮らず聞く、といった小さな関わりから関係を作っていく方法があります。
Q. 学校に行っていなくても「成長している」と考えていいのでしょうか?
A. 登校だけが成長の指標ではありません。自分の気持ちを言えるようになる、家族との会話が増える、興味が広がる、人に助けを求められるようになるなども大切な変化です。学校復帰だけを唯一の指標にせず、その子の生活全体を見ることが重要です。
■ 関連リンク
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